2014年01月19日

バーテックスカラー

勘違いというものは誰しも起こすものであり、また人間の生活というものは
勘違いから成り立っていることが多い。不幸の始まりというものは見え辛く、
いくらでもその辺に転がってい、小さな勘違いなぞは気にも止めぬが、
とんでもない勘違い野郎とたまに出くわし思うのが

「生活が成り立っているのが不思議」

このことである。

勘違いのメカニズムに「象の鼻としっぽ」の話があるが、
目隠しした坊さん達が生まれて初めての「象」に対し、鼻を触っては
「細長くてやわらかいもの」だとか、ケツ触っては「巨大な壁みたいなもの」だとか
いろんなコメントをするわけで、坊さん達どんだけ暇なのだろうか。

でまぁ「全体を見ずして部分だけみることが大きな勘違いの元ですよ」みたいな
話になるわけで、仕事でもプライベートでもとんでもない勘違いをする人が
たまにいるのを見ると元々こういう気質に「盲目的ポジティブさ」も含まれている傾向も
あるのではなかろうかと思うわけですよ。

私が出会った「大勘違い」の類を見ると、早急に「答え」を見出そうとする傾向にある。
瞬発的ひらめきが堂々と間違ってることが多く、もうちょっといろんなことを疑っても
いいんじゃないかと思うのだけれども、これもまた「自分のことを疑わない」という
不動のベースラインが成せる業なのではないかと思ったりする。
なんというかイントロクイズみたいな勢いなんだな。

昨年末のどっかのサバゲに行く道中、ダメンフィスの運転する車の中でそんな話を
朝の6時半からしていたわけなんだが、ダメンフィス曰く

「よくいえば、そういう人は根がいい人だったりする」

これは強ち否定はできぬ。いい人という表現には「純粋」の意を多分に含む。

俗にいうピュアバカというやつである。

上司からよくわからぬ指示を受けた場合、私なぞは恥も外聞も捨てて
「バカでもわかる説明」を求めるが、大勘違い野郎なぞは「なるほどわかりました」などと
適当な相槌をかましつつ根本を理解しないまま事を進め不幸がはじまるわけなのだ。

説明中に「あぁなるほど」などと被せるような人を決して信用してはならぬ。
パフォーマンスの傾向が強いのだ。自分の理解が正しいか間違っているかのところを
はっきりとさせずに自己完結で進めており、この場合理解したと思われることをキチンと声にだし、
たとえそれが間違いであってもすぐに指摘されたほうが、まだ生産的である。
わかろうと務めるのと、自己完結はベクトルがまるで違い、後者の先にあるのは不幸しかない。

職場の話で申し訳ないが、「○○さんは勘違いから多いから君がフォローするように」などと
勅令を受け、裏で右往左往している最中に当の本人から
「WJさん大変そうですね、自分にできることがあったらなんでもやりますよ」なぞと
屈託のない笑顔で言われたときの私の心境をどう表現すればよいものであろうか。

「大変そうですが、自滅しないように気をつけてください」などとビックリトドメ発言をされる始末である。

どういうメカニズムで私よりも長い人生を歩んでいるのかわからぬが、
「力技でどうにかしてきたのだろう」という答えに今は落ち着いている。

そう、力技なのだ。
人との距離感も摩擦係数も立ち振る舞いも全ては力技なのだ。だから歪が生じるのである。
力技の蓄積にはどう足掻いても太刀打ちできぬ。もう大分ひん曲がっているのだ。
前にもいったが、めんどくさい人=修正コストが高すぎる このことである。






Posted by ダブルジェイ at 11:37│Comments(0)
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