2013年04月12日

マルドゥク

最終電車に揺られ地元駅に到着する。

駅の傍にある「なか卯」で食事をとっていると、
変わった客がおりまして、決まって自分が食い終わると同時に店員を呼びつけては

「こだわり卵の親子丼、なぁかなぁか美味しかったですよぉ?」だとか

「こだわり卵の宇治抹茶ぷりん、なぁかなぁか美味しかったですよぉ?」だとか

ソレ必要なの?っていう褒め称えをして店員を困惑させて去っていく。
週1回ぐらいの頻度で私は足を運んでいるが、それでも結構な高確率で
エンカウントするのでもしかしたら当人はほぼ毎日来ているのかもしれない。
多分悪い人ではないのだが、なんというかやりきれない思いである。

昨日も私が入店すると、当のご本人が光臨しており、
相変わらず「こだわり卵の宇治抹茶ぷりん」を喰らっているのかなぁと
ふと眼にしたら、スプーンじゃなくて指を巧みに使い側面をなぞるようにはわせ
最後の最後まで舐めとっていた。

そして満足したのか店員を呼びつけ

「こだわり卵の宇治抹茶ぷりん、なぁかなぁか美味しかったですよぉ?」と台詞をキメる。

いやそれはいいんだけど、宇治抹茶ぷりんの器が無残に横にぶっ倒れてるんだけども。
散々汚く食い散らかして律儀に褒め称えてるという
いわばモラルゲージの破綻が招く静かな悲劇というのかなぁ。
ぜんっぜんその人の心の在り方がわからなすぎて、きっとこういうのを変人というのだなぁと。

なにがいいたいかというとですね、刃物ふりまわしたり全裸で走り回ったりする極例が
変人と限られているわけではなく日常生活の中にいくらでも変人というのはいるわけですよ。
中には「自称変人」とのたまったり「変人と呼ばれて喜ぶ」という人もおりますが
そんなのは「気持ちが若い」っていうのと「大人気ない」っていうのを履き違えてるような
よくあるパターンなんで睡眠時間を沢山とればいいんじゃないかなって思います。



なんでこんな話かというとサバゲーはこういう「静かな変人」が多いんですよ。
一見普通の人っぽいんだけど突然スイッチが入って異質感をいきなり醸し出すという。

前にダメンフィスとゲーム行ったとき、ゲーム開始のフラッグ前でいきなり知らない人から
「自分ロシア装備なんで~」と距離感ゼロで話かけられたことがあって「まぁ好きなんだろうな」と
軽く受け答えしていたらいきなり「ロシアだけにコサックダンスできますよ」といきなりその場で
コサックダンスし始めましたからね。すんごい勢いで。

いやまぁすごいんだけど「何故に今それをやる?」という。

ザックザックとコサックダンスを決めて満足したのか、すぐに雑踏の中に消えてしまったのだけれども
一部始終を一緒に目の当たりにしてたダメンフィスが、

「地面、耕されちゃったよ」とつぶやいてとても印象深かった。

静かな変人に対するツッコミに関していえば
ダメンフィスという男は類を見ないセンスを兼ね備えていると思う。

別のゲームでも私が自分のエアガン試射してたらいきなり「撃ってみませんか?」と
エアガンをずいと渡されて躊躇しながら撃たされるという事例があったときも、
一部始終を目の当たりにしてたダメンフィスが後日、

「あれはモテないねぇ、きっと」とつぶやいていて本当におもしろかった。

しびれるっていうのはこういうことをいうんだろう。
人が試射して調整しているのを目の当たりにしながら、
それを中断させてまで自分の欲を満たしたいんだからそりゃそうなるわ。
まぁかわいいというかまだ笑える話ですけどねこんなんは。

たしかにサバゲーというのは日常に溶け込んでいる「静かな変人」の
スイッチをオンにする条件をなんとなくそれとなく満たしている。
無自覚な「偏執的主観が成立してもいい・許されてもいいという偏執的主観」が生まれやすい。

サンゴ礁の周りで豊かな生態系が広がるような場所というと聞こえはいいが、
ぶっちゃけ何一つ共存も共有もしていないのが事実でありまして、
人間が唯一持てる自我というもんが薄氷一枚の足場にお互いになんとか乗りあっているような
場所といったほうが近いかもしれない。だからこそ不文律の枠を超えた人間性の異質感が際立つ。

なんかねぇ、こういう事例に出くわすたびにそれはそれで醍醐味かなって思う反面、
中学校の演劇部で「演技の良し悪しじゃなくてふっきれたもん勝ち」っていう15人に1人にいそうな
部員を思い出したりして若干凹んだりするんですよ。こういうのは、大なり小なりみんなあるよなって。
勿論私だってあなただって兼ね備えてるんです。

おもろうて、やがて哀し ってやつですわ。






Posted by ダブルジェイ at 03:24│Comments(2)
この記事へのコメント
これはスウェーデンボルグや丹波哲郎先生がおっしゃっていたことなんですけど。

「地獄」

というのは、いわゆる地獄絵図みたいなものに描かれているのとはちょっと違ってて、
そこに居る当人にとっては自然というか当たり前というか、自分にマッチした居心地の
環境なんだけど、外部から見たら悲惨極まりない場所なんだそうです。

「何であんなとこに居て平気なんだ?」

みたいな。
要するに今回のお話を読んでそれを速攻思い出したわけです。
んで、ふつう、「中の人」はその地獄っぷりを自覚できないし客観視できない
状況に置かれているので、それをこのように客観視してみせた記事というのは、
魂的にとても興味深い。何か背負ってしまった意味というか役割みたいなものが
あるんだろうなと思ったりします。でかい「ヒントの看板」みたいなものかもしれません。

ダブルジェイさんとダメンフィスさんの間にも、機能の上で欠かせないエネルギー
バランスの釣り合いがあるんでしょうねー。自分のことを振り返ってみても、そんな
気がします。
Posted by 強力わかもと労働組合 at 2013年04月12日 03:53
強力わかもと労働組合さん>

コメントありがとうございます~

似たような例でいえば、読売オンラインにある
発言小町のフォーラムなんかはまさに地獄たる条件を
余裕で満たしている最たるものなのですが、コミュニティの参加者たちは
自分に疑いをもたず平然としており、それが成り立っているのも
すごいなぁと改めて思うのです。

フルメタルジャケットよろしく、「サバゲーはほんと地獄だぜ!」と
笑いながらM60をぶっ放す先駆者を取材する予定だったのに、私もダメンフィスも
ダブルでヘリ酔いで吐きそうになっている状態がお似合いかなと思います。
Posted by ダブルジェイダブルジェイ at 2013年04月13日 12:18
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