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Posted by ミリタリーブログ at

2014年02月18日

バディクリエイション

先週金曜日の大雪で帰宅難民になり電車内で一晩明かした私は、
復旧の目処も立たぬ高崎線に絶望し、そのまま休日出社をするはめになった。
途中、駅構内でみかけたJRSKISKIのポスターのキャッチコピー
「ぜんぶ雪のせいだ」は実害を受けた私にとってこれ以上ない皮肉だったのである。

なので週明け早々代休を無理くりもらい、兼ねてから行きたかった場所へと足を運んだ。

高崎である。


『おれは高崎線の降雪の影響を受けたと

思ったらいつのまにか高崎駅に降りていた』

な… 何を言ってるのか わからねーと思うが

おれも何をされたのかわからなかった…

頭がどうにかなりそうだった…

催眠術だとか超スピードだとか

そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…


まぁお前次第だろっていわれたその通りすぎて返す言葉もありません(腹を見せて服従のポーズ)
とりあえず群馬県高崎市に行ってきたんですよ。
毎日高崎線のってるんですけど、実際高崎なんて片手で数えるぐらいしか行ったことありません。
その内一回は2~3年前にダメンフィスと一緒に出かけてダルマ市を覗きに行ったとかそんなんです。
なんか帰りの車内でいきなり「ホテルしこーしーーこーーー!!」とホテル三日月のノリで
ダメンフィスが発狂したんですが、その話をすると「一切記憶がない」とか本人ほざいてましてね。
勝浦・小湊と一切縁のない高崎市内でなんでそんなことを彼が叫んだか謎は深まるばかりです。

怖いもんですな、当事者の記憶の欠落というのは。
かくいう私も「警察の帽子被って両手に空のモスカート握り締めてセーフティーをウロウロしてた」とか
いわれたりするんですがまったく記憶にございません。こわいですな記憶の欠落というものは…。

もう少しだけ私の話を聞いてください。

でまぁなんで高崎までわざわざ行ったかというと、ちょっと前に「レッドウィングのブーツを買った」って
どっかの一遍でのべたじゃないですか。でまぁそのボブソールがだいぶ削れてきてビブラムソールに
交換したいなと思って調べたら高崎市にリペアしてくれるところがあるんですよ。良心価格で。
ぶっちゃけ都内にもそういうところは多々あるんだけれども、私が惹かれたのは
店の主人がギャリソンハットやら旧日本軍の帽子被ってたりして、すごいときなんかは
お店のブログ写真で軍刀構えて「国賊はこの場で処刑を敢行する」勢いで写真とったりとかしてて
最近ムチャクチャなことをいうクレーマーが乱立してるこのご時勢に対して
「接客とはなんぞや?」「という疑問を真正面から私に投げかけてくるイコールアイデンティティーに
「あぁ、きっとこの店は普通じゃないぞ」と胸が高まってしまったわけです。
やっぱグンマーって独立国家って騒がれてるだけあってすげぇんだろなって

でまぁ出発前に一応電話するわけですよ。雪の影響でお店閉まってたら寒いじゃないですか。
結果を先に言うと無用な心配だったんですけど、なんかもうイニシアチブなんか私にはないですよ。

WJ「もしもし、今日はお店の方は営業されてますか?」

店主「はい!営業しております!私は変人なのでついこの間の大雪なかでも営業しておりました!
    問題ありません!お待ちしております!」

背中にどっと汗が吹き出たわけです。この流れで問題ありませんっていった。
私は自称・変人の類は気にも留めないですけどここまで元気よく屈託なく
「私は変人なので」いわれたのははじめたのでしたので。
いや、あのこれ一応ですね、初めての電話のやりとりなんですが。

何故か不思議の国のアリスのマッドハッターを思い出し。

「お待ちしております!」っていいながらいざ私が入店した刹那、
猿叫とともに軍刀で斬りかかられたらどうしようかなって。まぁそれもしょうがないかなって。
所謂アンビバレンスってやつですよ。やっぱグンマーってすげぇんだなぁって

いざ高崎へ

電車の心地よい揺れが眠気を誘い、あっという間に到着です。
レッドブルなんて飾りです、偉い人にはそれがわからんのです。

駅からお店までは歩いて7~8分なんですが、道中瞠目しましたよ。
積雪で民家のカーポートがことごとくぶっ潰れてまして、挙句の果てには
バス停の屋根もグンニャリ曲がってぶっ倒れてるの。さすがグンマーだなーって

でまぁ店に着き、深呼吸して入店です。入ったら軍刀で斬り払われるかもしれませんから。

「いらっしゃいませ」

まさかの夫人。店主はおらず。

「昼過ぎに電話致しました、WJです」

でまぁこの足場の悪い中よくお越しくださいましたみたいな感じになって、
せっかくですからどうぞって二日遅れのバレンタインチョコ渡されるの。
もう完全に私にイニシアチブないですよ。チョコ頬張りながらソール交換の話終了。

んでまぁご夫人が外に出てる店主に電話をかけ「あと10分ぐらいで戻るそうです」って。

夫人「足が短いから早足なんですぐ戻ってきますよ」

もうね、また背中にどっと汗が吹き出ましたね。今度こそ軍刀で滅多刺しにされるかなって。
そんなことを考えながらバックオーダーでごった返している店の中をぼんやりみていると
店主さんが降臨されました。本当にギャリソンハット被ってる。

「はじめまして。わざわざお越しくださいましてありがとうございます。」

この瞬間、猿叫とともに袈裟切りされたらおもしろいなぁって。
でまぁ修理(ソール交換は修理扱い)の話からはじまり、色んなことを話したわけです。
雪で足場がわるいのでRATブーツ履いてたんですがそれを見た店主が
「サバゲーやられるんですか?」って一言。

なんか話し込んだらそういうお客さんも多いそうで、いきなりゴトリと
店の棚から編上靴を出されまして。レプリカなんですが一点ものみたいな感じで
これがまたよく出来てる。ご本人はサバゲーとかはやらないそうですが。

でまぁなんでそんなアイテムがあるんだとか日本軍の帽子とか被ってるのかの話になって、
当時のものを着てみたらどれもジャストフィットだから結局のところ自分のところに流れてくるだとか。

店主「所謂、大正時代のボンボンの体系っていわれてなんともいえない気持ちになるんです」

まぁなんともいえない気持ちですな。私も気紛れでミニミを担いだときに
「なんだか似合いますね」っていわれてどうしていいかわかんない時とかありますもん。
そりゃあ「ぼくはどうして生まれてきたのママ~!」っていいながらミニミを乱射しますわ(実話)

戦国自衛隊

店主曰く高崎は体育の日に武者鎧着て練り歩く不思議な祭りがあるとかで
「さすがグンマー!」と瞠目したわけなんですが、それに輪をかけ
「店の前を通るから私も応援がてら扮装します。大日本帝国陸軍歩兵大尉」とか
もう戦国自衛隊真っ青なことが行われるわけですよ。曰く「武者鎧姿の人達が何人かビビる」と。

でまぁ流れかなんなのか「サバゲーでどういう格好するんですか」って聞かれて
「最近はウソ海兵隊です」っていったら「じゃあ今年は旧日本軍と海兵隊ですね」って。

数に数えられている。

でまぁ店の奥からホルスターみたいなものを引っさげてきて
「ドンキでこういうスマホなんだか名刺なんだかのケースがあったんですが、
 ちゃんとした革で作りたいな」って店主曰く。

なんかこうアイデアだしの話になって

「レオンのジャン・レノがつけてた奴がいい」っていいったら「いいですねぇ!」って。
「マッドマックスみたいなのがいい」っていったら「いいですねぇ!」って。

「マッドマックスみたいなホルスターから名刺だされたら印象残りますよねぇ!営業とかで!」
みたいなことをいわれてまぁたしかに印象には残る。

高崎にはすごい修理屋さんがいるんだなぁって改めて思いました。
ものすごく楽しかった小旅行でした。おしまい。  


Posted by ダブルジェイ at 02:08Comments(2)

2014年02月09日

阿片窟

バレエ・メカニックを読み終える。

超現実、シュールレアリズムというやつですか。
脳機能を失った植物状態の娘が大脳皮質のかわりに大都市を介し、
娘が見る・見た「夢」や「幻想」や「記憶の欠片」みたいなものを人々に見せ付け
ある種のパニックに陥れるという。

筒井康隆氏の「パプリカ」は他人が見る夢の中に介入する話でしたけど、
大都市に住まう大多数がいきなり同時に不可思議なビジョンを見るという点でいえば
バレエ・メカニックはその逆のパターンとでもいいますか。

文字情報で超現実を伝える術。

超現実っていうのは理解不能の「絵・現象」をいきなり見せ付けられ混乱・困惑するわけ
ですから、読みつつ「絵・現象」を想像する小説と食い合わせがいいかというと
そうでもない気がして、ましてや主観で絵を想像するのが読み手に唯一与えられた
特権且つ、それぞれにまた想像しているものが違ってくるものがあると。

いったん噛み砕いて超現実を理解するのもなんかちょっと違う気がして、
どちらにせよありのままに受け止めるのが吉日生活なわけです。
ビジュアル先行で誘致されてみた映画パプリカも、ビジュアルから入ったからといって
なにがどう変わるかというわけでもなく、結局「理解に苦しむ」ものでありますから
どうにか「理解に苦しむのを楽しむ」という考えにシフトしたほうがいいと思うわけです。
「よくわかんない」の一言で片付けるには勿体無いものが世の中には溢れているわけですから。

季節や時節の移り変わりなんぞ普段は気にも留めていない私なわけですけども
そんな私でも電車の中吊りで「みすず学苑」の広告をみると

「もうそんな時期か」と呟きたくなるものです。

2014年版

2013年版

俗に言う「完全に狂ってる」わけなんですけど、これこそバレエ・メカニックの世界観、
つまりは「超現実」なんじゃないかと思いますもんね。
毎年なんしかの物語の進展が見受けられるんだけどもそもそもの物語がわからず、
無限の動力を得た暴走ラジコンが我々を攻め立てるわけですよ。

そもそも怖いのが我々がパニックに陥ってないこと。
いわゆる現実に超現実が流入しているわけなんですけど、見て見ぬフリなのか
理解不能と情報をシャットアウトしているのか。サラリーマンやOLでごったがえす車内で
それぞれが音楽を聴き、スマホをいじり、新聞を読み、個の世界を展開しておる。

異彩を放つみすず学苑とそれらの個々の展開を含めての更なる超現実が
今ここに誕生しているわけです。

私事でありますが、尻にオデキができましてこれがまたあまりにも巨大で
座り仕事にも自転車移動にも支障をきたすのでソーイングセットを買い、
針を火で炙り、消毒用エタノールを散布し、見えない場所なので合わせ鏡で
自分の尻のオデキを確認し針を突き刺すという行為に最近及んだわけですが、
これもある意味で超現実になるわけですよ。尻丸出しで針をもってる自分を
合わせ鏡越しにみたときの私の顔はまるで自分じゃないように見えた。

別のときでは、たまたま地元で山車みたいなのが練り歩く祭りが催されたので、
きまぐれにふらっと見に行ったことがあったんですが、
地元のボーイスカウト製作の山車のぼんぼりにトマトのキャラクターが描写されていて、
「わたしもボーイスカウトに入りたい。だってトマトだもの」だとかいう一文が
力強く書かれていたのをみて「これは夢なんじゃないか?」って思ったこともありましたしね。
その山車が信号機の高さにひっかかって「いったんバックしろ!」という参加者の
掛け声とともになんとか私も現実にかえったわけですが。

何故とは思いつつも、その「何故?」に答えがないのが超現実でありまして、
圧倒されつつも個々の解釈次第でどうとでも受け取れる矛盾こそがその装いといいますか
味わいといいますか、小雨坊やドラゴンタトゥーの女やメーテルだとかの類も
それに法った一つの答えであり、怖いもの観たさに近い感覚での
「素直に圧倒されたい」という純粋な欲求を満たす重要なファクターであるのだと
思ったり思わなかったりしました。おしまい  


Posted by ダブルジェイ at 17:32Comments(3)

2014年02月02日

チーク

三島由紀夫の「金閣寺」を読み終える。
まぁ初めての三島作品であったわけですが、私としては
最初に三島事件のほうを知ってそっちのインパクトが強かったもんですから
なんというか破滅に向かう力技の正当性の持ってき方というんですかね、
あぁなるほどなって。

自意識だとか美意識だとか劣等感による偏執だとか
人それぞれがどっかしらに抱えているものを「これでもか!」と
文字として目に見える形で知らしめられたわけなんですが、
根本的にそれによってなにか救いがあるのかというとそうでもなくて、
是非は問わないが金閣寺の主人公が行ったようなことを三島由紀夫本人が
三島事件を通じて体現したのは改めて思うと実に興味深いものでありました。
小説の中でこそ起こりうることを実際に持ってきちゃったわけですから
物語のおもしろさだとかつまらなさとかよりも作者の人柄というか人格みたいなものが
駅伝の白バイみたいに先導しちゃってまぁなんというかうまく言葉が見つからない。
よく「アニメキャラや漫画の女の子」に思いを馳せ「俺は二次元に帰るぜ」と猛る
先輩方もおられますが、二次元と三次元の境界線を越えたパイオニアの1人ってのも
或る意味で三島由紀夫氏なんじゃないかなって思うんです。
しかも作者自身がその境界線をブチ抜いてきたわけですからね。盾の会の制服着用&武器持ちで。

でまぁ先に述べたとおり救いがあるかというとあんまりない気がするのだけれども、
鬱屈であるかというとかならずしもそうでもなかったのが特徴だったというか、
「あぁ、そうは思っていても客観的な視点、トドメは外さないのだな」と舌を巻いたわけで。

金閣寺の主人公・溝口はその生い立ち、容姿、吃音症などによる劣等感から
なにかいろいろとめんどくさい思想の持ち主になるわけですが、
大学に通うようになるとお友達作りとして自分と同じようなハンデを持つ人を探すわけです。
そして先天性の内翻足を持つ柏木という奴にめぼしをつけ接触を試み、
吃りつつ標準語で話しかけるわけです。柏木はこう言い返します。


「君が俺に何故話しかけてくるか、ちゃんとわかっているんだぞ。溝口っていったな、君。
 片輪同士で友達になろうっていうのもいいが、君は俺に比べて自分の吃りを、
 そんなに大事だと思っているのか。君は自分を大事にしすぎている。だから自分と一緒に
 自分の吃りを大事にしすぎているんじゃないか。」


ここを読んだときに「たしかに!」と一陣の風とともに頷かざるを得ないわけでした。
どうも私自身が苦手意識がある人というのは「自分を大事にし過ぎている」というわけでして
過去の経歴、業績をふんだんに織り交ぜ、機動隊のジェラルミン製の盾の如く
防御しつつ突進してくるわけですよ。サバゲーでチラホラ見かけたなぁそういう人は。

それがポジティブなことであろうがネガティブなことであろうが源流は一緒で
「自分を大事にし過ぎている」ことにはあまり変わらないよなと勝手に納得し、
柏木のようにピシャリといえればいいもんですが、「まぁほどほどにな」としか
頭ん中で思うぐらいしかできませんが。

いや、ぶっちゃけサバゲーに限らずな話ですよ。

職場でもアルバイト先でも学校でもどこにでもいるもんですよ。
私自身含まれるところもありますが、かといいつつ「そこまで無自覚にいけるもんなのかね?」と
首を傾げたくなるのもまた一つ。

たとえばイジメ体験だとか、心の病にはじまるものも引き摺るのは当然のことで
うまいこと折り合いがつくように自分の中で処理しなきゃいけないけども、
その引き摺った跡を他人の目に見えるように残すのはまた別の話だよなってこと。
とはいえポジティブ過ぎて無自覚にポジティブさを触れ回るのまたどうかなってこと。

以前の職場で心の病を患った人と喫煙所で一緒になることがあったのだけども、
とくとくと身の上話をされて「いきなり伝家の宝刀を抜きやがった!」ということもあったし、
別の人だと自分のことを疑わなさ過ぎて変なことに巻き込まれたりとかもあったわけで、
これらの特徴として「自分を大事にしすぎて利害がハッキリしている」ってことです。

多分そういうことは今後尽きることはないんだけども、そのときは柏木の台詞をふと思い出して
みようかなって思いました。おしまい。  


Posted by ダブルジェイ at 18:23Comments(5)