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Posted by ミリタリーブログ at

2013年11月05日

ウィケ波J太郎 男の系譜2

なんとなく思うところがあるのだけれども、うまく整理がつかずに
ずるずると長引いていたことが一冊の本のタイトルよって霧が晴れるようなこともある。

「一億総ツッコミ時代」

とんきの帰りにふとタイトルを思い出し書店に足を運んでみたものの、
残念ながら取り扱いがなく未読のまま今に至るわけだが。

まぁなんとなくだけども、ネット社会に端を発する他罰傾向にモノ申す的な感じなのであろうと。
目立つ言動に対しての過剰なツッコミが今の人には多く見受けられるわけなんだが、
誰しも評論家みたいなことをできるような体制が整っているからさもありなんというところですよ。

厳密にいえばツッコミじゃなくて「単に気に入らない」ってことが前面にでている傾向にあるんだけども
多数決の社会だからそれもいつしか当たり前になっている感じはするね。
そのことを憂うつもりもそのような立場でもないからコレついては言及はしないけども、
単純にボケとツッコミの感覚がおかしなことになっているなぁとは思う。

まぁ上記みたいな世の中でしょう。みんなツッコミを恐れて過剰にプロテクトをかけた結果、
妙に自虐的に卑屈になっていて「それはフェイルセーフとは違うんじゃないか?」と思うところが
しばしばあるんだね。かといってタブーを破ればいいとか声を大にすればいいというものでもないが。
たぶん様々なブログによく見られる「毒にも薬にもならない生存報告」っていうのは
この最たるものなのではないかと思うけれども、単にぼくの考えすぎなのかもしれない。

反面、ボケたつもりが洒落にならないことも沢山見受けられるね。
下手をしたらボケたつもりもないのにツッコミを必要とされる事態のほうが多いのかもしれない。
あと「ツッコミを待っているが俺の望んだもの意外は認めん」っていう業の深いことが多いね。

もうムチャクチャでしょう。時流に沿った形ではあるが背伸びしたツッコミ慣れした人ってのは
時としてえげつないぐらいに残酷だからね。

この間も初対面の人と喋ったときに「○○についてどう思いますか?」だなんて質問されたので
うまく考えもまとまらないまま答えると「それは考えすぎじゃないですか?」だなんて
真顔でいわれるんだよ。汲み取ってもらえないときのズレっていうのかな、
ぼくはいろんな考えがあっていいと思ってる人間だからかもしれないけれども、
そういうのを一言で切り捨てられるんだから恐ろしいったらありゃしないね。

「AとBどっちがいいですか?」っていわれて「A」っていうと「いやBに決まってるでしょう」って
「答えでてるなら、じゃあなんでぼくに聞いたんだよ」って。

そういう傾向は最近特に多い。どんだけウォッチャー気質のむっつりスケベなんだろうな。

それはさておき…

よくわからない「ひとりなぞなぞ」みたいなことが増えてきた気がするね。
「上は大火事、下は洪水、さてこれはなんでしょう?正解はお風呂」みたいなメールがたまにくる。
道具や思想といったなにかに置き換えた汲み取りづらい意思表示っていうのかな。
時速300キロで瞬き一つせずにインターセプターでひき殺しにかかるようなものですよ。
ボケどころか殺意だからね。ツッコミをする暇もないわけですよ。

あくまで「自分で見に行かなければたどり着かない」ブログ記事ならまだしも、
相手が限定されたメールのやりとりでこういうのがくる。これは恐ろしいことですよ。
特に返事も必要としてないと思うんだけども、上記にもあるように
メールに限らず「じゃあなんで相手を必要としているのか」ってケースはいつも疑問に思うね。
出刃包丁で滅多刺しにして殺した後に殺意はなかったみたいなことは世の中意外と多いんだ。
この時のことは「おれのイチゴ」という短編に書いた。


浪人風の男は二つの駕籠が船宿「よしだや」に入っていくのを向かいの窓の隙間から
見守っていたのだが、中年の男と身の丈六尺を超える巨大なイチゴが駕籠から降りてきたとき、

(おや……?)

男の両目が針のように細く光った。
この男は名を石川龍衛門という。

「野郎、もしかして今をときめく田沼意次ではないか?こいつはおどろいたな」

中年の男とイチゴが奥に入るのを見届け、龍衛門は口を出して呟いた。

「それにあのイチゴはとちおとめに違いねぇ。待ってたかいがあったもんだ」

龍衛門は唖の女房が作った夕餉をかきこむやいなや、
腰に大小を差しこみ、裾を端折ると一凪の風のように「よしだや」へと駆け込んでいった。

「今をときめく田沼意次、覚悟!」

声をかけざま、龍衛門が堀川国広一尺九寸五分でぬきうちをかけた。
その転瞬、

「とちおとめ、助太刀!」

イチゴが怪鳥のような声をあげ、夢中で刀を振り回したのだから、これには龍衛門も驚いた。


賄賂政治と世間から嘲笑された田沼意次だけれども
その反面、身寄りのないイチゴを庇護したという記述がある資料もあるんだ。
そんなのはないけどね。そのところをきちんと理解していないといろいろ辻褄があわない。
「イチゴ=賄賂」という認識が当時から脈々と受け継がれているのも当然といったところだろうね。  


Posted by ダブルジェイ at 00:19Comments(2)