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Posted by ミリタリーブログ at

2013年07月31日

空飛ぶスパゲッティ・モンスター教

サバゲーにおけるエントロピーは増加の一途をたどっている。
つまりカオスということである。

このエントロピーの例えでよく「コーヒーとミルク」が引用されますが、
コーヒーとミルクが混ざりきった状態=エントロピーが高いというのは
基本的にメリハリのないグダグダの意で、その状態をまず回避するには
コーヒーとミルクを混ぜないようにゾーニングするか、空気読んで好みを合わせる大人の対応をとるか。

スタンスやベクトルの違いによる温度差が他の遊びに比べてやたらめったら大きいのが
サバゲーの特徴の一つであり、「混ぜるな危険」的に囲う必要に迫られるケースがありつつも、
その反面この温度差をスターリングエンジンに利用すれば効率よくエネルギー変換できそうなぐらいの
もったいなさというか魅力を秘めている遊びなわけです。

残念ながら機構が「熱いものは熱いまま」「冷たいものは冷たいまま」という現状。
体積の変化がないから熱エネルギーを運動エネルギーに変換することができないわけで、
サバゲーってのがやたらめったらテレビだとか雑誌だとかに取り上げられたとしても、
フィールドがいたるところに乱立したとしても、サバゲー人口が増えたとしても、
それだけでは温度差をただ広げるだけであって真の意味での活性化にはつながらないと思うのですな。

だから私は現状のままでの「活性化」はさらなるエントロピーの増大を招くだけで、
むしろ「ちょっと後ろめたい、口にするにはちょっと恥ずかしい」ぐらいの扱いでいいと思うんです。
商売する側にとっては真逆の方向性なんで歯止めがかかるわけないんですけども。

コーヒーとミルク混ぜんなっていっといて、温度差を利用すればエネルギーが生まれるとか
矛盾してることいってんじゃねぇよと思われるのも私の言い回しの稚拙さでは仕方ないのですが、
まぁなんというんですかね、コーヒーとミルクが混ざった状態を「ぼやけた」と感じるのは
それぞれに好みが傾倒しすぎて、それぞれに馴染みがないわけだと思うんですよ。

だからわかりやすいところでいうと自称ガチゲーマーだとか自称ネタゲーマーだとか
貸切組、定例組だとかに自分を置き換えざるを得ないのが本音じゃないかなって。
それってある意味で絶望の裏返しみたいなものを感じるんですよ。

どちらにせよ尚早にゾーニングした結果ってのは悪いこともあって、自分たちを正当化しはじめたり、
内輪テンションを引きずったままだったり、理解できないものに対して突然攻撃になったりするわけです。
多分一番の害は相手に対して「なんか気に食わない」っていう負の感情を表面化することに対して
無自覚に自分を正当化させてしまうことだと思うのです。

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」でリック・デッカードが冒頭でこんなことをいっております。

「しかし、そんなムードに浸っていたら癖になって、そこから抜け出そうと
 ダイヤルしなくなるぞ。トータルな現実に対するそのての絶望は果てしない泥沼だぜ」

オタクとDQNって相反しているようで、実は負の面には近しいものがあって、
それがどうアウトプットされるかの違いみたいな話。

理屈じゃないことこそ、それを補うために最低限の共通言語が必要になってくると思うんですなぁ。
その結果がコーヒーとミルクを混ぜたらそんなに「ぼやけてない」みたいな
遊びの底上げなのかもしれないのかもなって。ちょっとレトリックすぎますけども。

ばいばいね  


Posted by ダブルジェイ at 05:49Comments(3)