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Posted by ミリタリーブログ at

2013年07月02日

マンカインド

たまに「人間らしい」というフレーズを使うけども、
実際のところ「人間らしい」とはなんなのか答えが出てないんですな。

というわけで日高敏隆氏の「人間とはどういう動物か」を手にとって
読んでみることにしてみたのです。

人間もネコとかイヌとかと一緒で結局は動物なわけなんだけども、
そこに人間だけが持つ「人間らしさ」というのは存在するのか否かという
話題がしょっぱなから出ていて、「人間らしさ」というものは崇高なもので
動物的なものの上にそういうものが備わっているという風にしたがる傾向にあるみたいだけども、
実は悲惨で非人道的だと言われるものがある意味でもっとも人間性の高い出来事であると。
その証拠に人間以外の動物は戦争しませんと述べている。その通りであると思う。

ネコに備わっているネコらしさというのは動物的なものの中にあるのか
それともその上にあるものなのかという話につながるわけで。

概念としては認識しつつも、人間は動物とは同じ線上ではないという思い込みに陥りやすいのは
当然私も拭いきれなくてですね、例えば「周りを気にせず自分に正直に生きる」といったような、
別にそんなの明言する必要もないようなことをいわれると「そんなん動物と一緒じゃねぇか」と
早計に失したりするわけですよ。

だから人間も動物であるという認識で話をすすめますと、
人間という動物と他の動物との違いは何かという微妙なニュアンスになるんですが、
決定的なところだと「言語」を用いてコミュニケーションをとるということなんですな。

でこの本のおもしろいところが、コミュニケーションのために言語が生まれたのではなく
概念をことばなしでもつのは大変だから、概念を整理するために言語が生まれ、
その言語を使うと人に使うと伝わりやすかったのではなかろうかと投げかけているのです。

おもしろい人というのは語彙が豊富である というのが私の漠然とした認識だったんですが、
文中になにかしらのヒントがあるような気がしました。
(ここでいう「おもしろい人」というのはなにも「吹っ切れたもん勝ち」みたいなおもしろさとか
 見た目で笑いをとるということではなく「魅力ある人」「好奇心を抱かせる人」のことである)

明るい人とおもしろい人は微妙に違うわけで、
曖昧なままことが進んでいるのは別段その違いによって不利益が生じてないからなんだけども、
実際おもしろい人というのはなにかしらの闇や歪み、生き方の経緯で得たものが決定的に出ると
私は思うわけですよ。あと受け手側の感受性もありますが。

そんな概念を伝えるには語彙の豊富さと語彙をチョイスするセンスが必要なわけで
それは累積的なものであり、なろうと思ってもすぐなれるもんじゃないわけですな。

「自分という概念」を「自分が知っている言葉」で伝えるっていうのは、
一見アウトボクシングスタイルのコミュニケーションっぽく見れるんだけど
実際ヒットしてるのかといわれたらそうでもなくてほとんどが空を斬ってるわけですな。
語彙のトレードオフこそ建設的なやりとりの一つであるといえるんじゃないですかね。

だから私は語彙が極端に少ないブログやその手の類のものをみかけると
「人間らしくない」と思いつつも、そこに利己的なものが逆に垣間見れて「人間らしい」と思うわけ。

で最後にこの本の解説で「情報」と「教養」について触れられていたことがとても印象的でした。

インターネットに集積されるような「情報」は多いけども
情報に対する裏打ち・ブレーキといった役目を果たす「教養」が今日の日本では崩壊してしまった。

そのとおりです。本当にありがとうございました。

おしまい  


Posted by ダブルジェイ at 05:56Comments(2)