スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上記事の更新がないブログに表示されます。
新しい記事を書くことで、こちらの広告の表示を消すことができます。  

Posted by ミリタリーブログ at

2013年06月27日

ドクターラザラス

かっこいいものとかっこわるいものの境界線ってのは紙一重なもんだろうなぁと
ぼんやり思っていたわけですが、ちょっと前にレンタルで観たキャプテンアメリカで
その答えは揺ぎ無いものになったわけです。

トンプソン担いで走り回ってたキャプテンアメリカの予告映像がすごいおもしろくて
そいつ見たさに借りたわけなんだけども、劇中で一番好きなシーンはここでした。



愛国心は強いのに身体能力に恵まれないため入隊を拒否されてた主人公スティーブなんですが、
無理くり入隊してスーパーソルジャー計画の被験候補者に抜擢されるわけでして
紆余曲折あって唯一の存在「キャプテンアメリカ」になるわけです。



戦地に派遣されるわけでもなく、プロパガンダのマスコットに利用されて
各地を転々と巡らされるわけですよ。

不当な扱いだわ、不可抗力だわ、盾のウラにカンペあるわ(後半サラでいえてる)、
超人とはいえ、やらされてることは実に等身大の人間なんですわ。

ヒーローというあまりにもわかりやすい象徴を逆ベクトルの方向に進ませているのが
実にうまいなぁって思うところで、まず実写化に当たってキャプテンアメリカという
わかりやすさに対する当時と現在での摩擦係数をうまいこと消化するためのプロセスなのかもと。
多分ヒーロー節全開で作ってたら「滑稽の残骸」だけが余韻に残ってたと思うんですわ。
このアクセントが正当化につながって「うまいなぁ」と勝手に思い込んじゃうわけです。

かっこいいものっていうのは、見てわかりやすいところだけを掻い摘んでるからかっこいいわけで、
そのわかりやすいところだけ掻い摘んだものへのなりきりが許される時期ってのがあるという。
この理屈でいうとみんな堂々と特殊部隊になりたいちゃんやらスナイパーになりたいちゃんやらへの
メタモルフォーゼに傾倒するということはどういうことか。いわずもがなですな。

子供の頃の純粋な心を忘れないのと、大人気ないっていうのは全然違うわけですが、
なんか知らないけどもそれを履き違えている人がけっこう多いわけです。
自分でいってて自分の鼓膜が破れそうなぐらい耳が痛いんですけども。

個人の趣味だから別にいいけども、少なくとも外に出て人に見られるにあたって
「どういう目で見られるか」っていうプロセスを踏まえているのかどうかがカギかなと。
どういう判断基準かはお任せにするとしても、かっこいいとかっこ悪いは紙一重って
意識するだけでもだいぶ行動が違ってくると思うんですよね。

わかってやってる人は見てわかる。
大丈夫、私は味方です。助けにきました(キャプテンサイタマの衣装着用)

「ステージに上がったとき、自分が一番うまいと思え。
 ステージを降りているとき、自分は一番へただと思え。」

クラプトン節の都合いいとこだけ取り込む状況(レイラ)がまかり通りやすいのがサバゲーで、
自分本位であるのが人間の自然の姿であると思いつつ、その自分本位っぷりを目に見えるような
わかりやすさでレイラさせてしまうのはちょっとどうなのかなって。

たしかに解放の場ではあるけども、もうちょっとなんかあるだろレイラ。

おしまい  


Posted by ダブルジェイ at 05:10Comments(0)

2013年06月26日

ヴァンゲル

早川書房「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」をチマチマ読んでいるんだけども、
最初は「まぁ映画にもなってるし各界著名人が帯書いてるぐらいだしそこそこおもしろいのかな」って
軽い気持ちだったはずだったんだけども予想以上に楽しんでる私がおるわけです。

ぶっちゃけ映画がどーのとか前評判とか各界著名人オススメとか
実際どうでもよくなって純粋に読み物として楽しんでるのはこれはなかなかにいい兆候である。

「リスベット・サランデル」という女が登場人物としてでてくるんですけど、
その女にドラゴンのタトゥーがあるから「ドラゴンタトゥーの女」っていうなんというかストレートな感じ。
精神疾患のレッテルを貼られ社会から孤立した反動と、恵まれない家庭環境による人格形成と、
天分の才がないまぜになって執念めいた情報収集能力と分析能力を武器に、
主人公ミカエル・ブルムクヴィストと謎めいた事件を解き明かしていくという感じでいいのでしょうか。
ミカエルだけに絞ると、ある意味「男はつらいよ・ハードコア版」みたいな。

でまぁ小説よんでるとこのドラゴンタトゥーの女のビジュアルイメージからするに
「マリリン・マンソンみてーな女なんだろうなぁ」って思いながら映画版の画像検索をしてみたんです。


だいたいあってました。

本来、小説を読んでるときは先入観にとらわれたくないのであまりこういうことはしないのですが、
このリスベットが地味に強烈なんで「だいたいみんな同じのを想像するだろう」と思いましてね。

映画だとミカエル役はダニエル・クレイグみたいですけど、個人的に脳内で再生してるのは
「96時間」のときのリーアム・ニーソンでございます(エリカ役は「怪しい伝説」のキャリー・バイロン)

ドラゴンタトゥーの女という言葉にはなんしかのパンチ力がありつつもどこかで聞き覚えがあるのは、
マルサの女しかり、ミンボーの女しかり、スーパーの女しかり、
「ちゃんと観た記憶ないけどなんか覚えてる」的な伊丹作品が無意識に刷り込まれてるのかと。

余談ですけども10年前の学生頃、「レディオヘッドの女」というのが学食で話題になりまして。、
新宿の歩行者天国でレディオヘッドの曲流しながら狂ったように踊る女なんですけどね(素足で)

「○○の女」っていうのは常軌を逸した女のことを表すにはうってつけの表現なんでしょうなぁ。
(科捜研の女はどうなのかって思うところもありますけども)

キティラーも「ハローキティの女」って表現すれば一気に常軌を逸した存在に昇華するわけです。

ちょっと前にダメンフィスと「なんでサバゲーにはお山の大将が多いのか」と
私の地元の喫茶店で話し込んでいたら、いわゆるドラゴンタトゥーの女と鉢合わせになりましてね。

40代、金髪、豹柄のキャミソール、違和感を拭いきれないしゃくれっぷり、
ノーパンじゃねぇのかと疑うほどきわどいスリットが入ったデニムのミニスカート姿。

場の雰囲気が一気に変わるプレッシャーを総じて身にまとい全力で老いに対して逆らっている
ドラゴンタトゥーの女が今まさに我々の隣の席に。タトゥー1個も入ってないけど。

でまぁそれだけならよかったんですが、なるべく見ないようにしてたら
なんかドラゴンタトゥーの女の方から声が聞こえてくるのです。

ピンなのにジェスチャーを交えつつ見えないなにかとしゃべっている。

平気でそれをやってのけた。

人間ってのは旨いもの(本物)をくうと無言になる的なことを池波正太郎氏はいっていいましたが、
私もダメンフィスも言葉を失いましたね。本物だ!!!

多分同席したのは20~30分ぐらいだったと思うけども、
ずーっと同じテンションで身振り手振り交えて見えないなにかとしゃべっていたのです。
(途中で静かになったと思ったら普通にトイレいったり、マルメン吸ってたりしてたのが恐怖を促す)

ドラゴンタトゥーの女がトイレで席を離れた瞬間、ダメンフィスが口を開く。


ダメ「駅前の「なか卵」然り、なんであなたの地元って変な人多いの?」

WJ「ようこそ」


そんな感じでだいぶブチ切れていたドラゴンタトゥーの女でしたが、
「回転率」とか「あたしが男だったら」とかまともなことも聞こえてきたので
多分店の接客態度に対してなにか不満を露にしてたと思うんですが、もはやそういう次元ではなく。

恐怖で腹を満たされたチームWJは白旗をあげて退出。アイエエエエエ…!!!!
そしてFBI捜査官ダメンフィスはこうプロファイリングした。

「あの人、歯がなかったからおそらくクスリだね」

後日、出勤途中の地元駅付近でオレンジ色の自転車に跨り颯爽と目の前を通り過ぎる
ドラゴンタトゥーの女(しかも格好が喫茶店のときまったく同じ)を目撃したのであった。

日常の中にいくらでも狂気は潜んでいるのだなぁと実感した次第であります。

おしまい  


Posted by ダブルジェイ at 03:53Comments(4)

2013年06月22日

サクリファイス

「電車の中で電話をしてる人と、同じトーンでお喋りしてる人とでは、
 声を出すという意味では一緒なのになんでイライラ感に差分がでるのか?」

その昔、酒の席でこんな話題があがったのです。

まぁ一般的に「会話は禁止されていないからでしょ」って一言で済ませちゃったけども、
「電話してる人は一方的な受け答えなので中身が追えないからじゃない?」って
違った観点で言ってた人がいてあぁなるほどなって思ったわけです。

勿論「別に聞きたかないんだけど」っていう前提の話なんですが、
話し声が聞こえたら耳が意識してしまうのが人間なわけでして、
中身の追えない電話の受け答え(自己完結)を声を大にして聞かされるっていうのは
なるほどストレスにつながるものがあるんだなと。
勝手に盛り上がってるみたいだけど、中身が垣間見れないというのかなぁ。

この考え方っていうのはいろんなところにもいえるわけで、
たとえば一方的な内容のメールを送ってきたりする人とか、今朝見た夢の話する人とか、
知識としての単語を並べただけの会話する人とかにもいえるわけですよ。

いやそれはまぁ百歩譲ったとしても、意図はなんなのか?結局なにがいいたいのか?って
いうところまでの着地点を設けてないパターンが多く見受けられましてね。
基本私も投げっぱなしの人間なんであまり大きい顔はできないですど。

そういうのは然るべき場を自ら設けて発信し続けた結果、琴線に触れた人と巡り合うのが
一番の供養になると思うんだけども、性善説なのかなんなのか誰彼構わずショートカットして
伝えてしまうもんなのですな。

でまぁ、そういうのが実にわかりやすいのがミリブロなんだけども、
よくもまぁそこまで「押して参る」ことができるもんだなぁと不思議に思うわけです。

意思を持って押して参る割りに、まるで伊藤計劃氏の「ハーモニー」で取り上げられていた
「人間としての究極の在り様」がそこにあるような気がしていろいろ矛盾してるんだけど、
その矛盾こそがある意味で実に人間らしいのかなとも思うわけです。

矛盾といえば私の職場には「責任を負いたくないけど自分のエゴは貫きたい」っていう権化の
上司がいるんですが、私たちの知らないところで「主観の修正」を無慈悲に加える
傾向にあるんだけども、その無慈悲の源流には「個の成立」に対する必死さが伺えて
一周して人間臭くなるわけですよ。経緯を追求すると自信なさげに言葉を濁すか、
吹っ切れて開き直るかの二択なんですな。

この場合の「自信のなさ」っていうのは状況判断した上での「フェイク」であって、
結果として「図々しさ」が垣間見えてしまうこの哀しさ。
「自信のなさ」と「図々しさ」っていうのは二律背反的な関係なようにみえて、
実はウロボロスのようにお互いの尻尾をかみ合って輪になり循環しているのかもしれない。
たまにそういうものが強制アヘ顔ダブルピースで成立する人もいるわけで、
理解に苦しむところではあるんですが、人間つじつまが合わない生き物だと
改めて実感すると同時に、実際にそういう人は世の中には当たり前のように存在すると。

こういう人種をを咎人という。

とまぁ極例をあげての脱線気味な話になっちゃいましたが、
そこに意図と意思が見受けにくいものが世の中に氾濫しているのは、
なにかを伝えようというベクトルではなく「繋がりを意識した存在」的なふわふわしたものを
マイルストーン代わりに置く傾向にあるということなんでしょうなぁ。

書くよりも置くほうが楽なのはわからんでもないけども、
置いたことの意味は置いた人にしか往々にしてわからないもんなんですよ。

石ころを目印に置いたとしても、他人にとってはただの石なわけで
結局のところ意味を成さないわけですな。

自分のためって割り切りなら手持ちの日記帳に書けばいい話なんだけど、
やっぱり他の人にも見てもらいたい正直な気持ちは人間誰にでもあるわけで、
その正直な気持ちに対して雑というか乱暴なスタイルを確立させるのは
ちょっと考え直したほうがいいかもなぁとそれまで小説どころかライトノベルすら
まともに読んだことがない私はせめて通勤時間ぐらいは参考程度に本を読もうと思いました。

29歳のときでした。

おしまい。  


Posted by ダブルジェイ at 19:10Comments(3)

2013年06月19日

バソキヤ

こないだSEALSの定例会に参加してきました。
ゲーム中の写真がなくてですね、唯一ダメンフィスの野郎が盗撮した
当日のドゥカティマンの貴重な狼狽写真しか手元にないのでそれで勘弁してください。



ちょっと、やめろ!素顔を撮ろうとするな。まぁなんだ、写真のタイトルをつけるとしたら
「ハズカシイドゥカティ」だな(相原みぃ氏のDVDハズカシイアタシから引用)

こんにちはドゥカティマンです(ドゥカティマンのテーマ/Miscast)

Too late!Too late!

実はSEALSって行ったことなくてどんなんかんな~んな具合で臨んだわけなんだけども、
ともかく雨&森で湿気祭り。いやーコンタクトに変えてよかったですわ。
メガネ参加者&クリアゴーグル参加者一同曇りまくってましたからね。

久しぶりにフィールドでばったり会った人もいたりで、挨拶もそこそこにチームわけ。
私は赤だったんですが周りみるとどうも初参加者(半そで、運動靴)が多くて、
「多分なんか起こりそうじゃね?」とそう囁くのよ、わたしのゴーストが。

個人的に最初のゲームがどうなるかでその日一日の様子をみることがあるんだけども、
初っ端開始3分で味方撃ちをくらって即退場というスタートラインを切ったわけです。

藪ん中伏せてたら横から半そで運動靴の味方がズンズンきて、
「なんか嫌な予感がする」と思って遠山の金さんばりに「この桜吹雪が目に入らぬか」と
左腕のマーカーを見せ付けてバンバン叩いてたんだけども、完全にハンターの目になっていた
味方はズンズン近づいてくるわけで。これは嫌な予感がする。

もういいやって思ってジェフリー・ディーヴァー「静寂の叫び」宜しく「味方だよ!」って
何回も声だしたんだけどもハンターは私に銃口を向けて発砲。

「っしゃこい!オラエー!!!」みたいないわゆる「銃なんか捨ててかかってこい」の
ジェスチャーに見えたのかもしれん。いや、そんなバカな。

まぁ大人数&初参加者多めのチームなんでそうなるのは別に構わないわけで、
私も過去に味方撃ちは何度かやってるわけですしね。



このハンター、なんの因果かセーフティーで隣の席の人でしてね。
そのゲーム終わったあとのやりとり全部聞こえちゃうんですわ。


参加者「おめーすごいメガネ曇ってね?」

ハンター「いやーすごい曇ってますけど、ギリギリ人影とマーカーの色はわかりますよ」


私の桜吹雪はこういう経緯で無残に散った。

でまぁボチボチ遊んでたわけなんだけども、黄色チームの知り合いの話でも
「こっちのチームでも味方撃ち多くて、自分もやられました」ってね。まぁそういうこともあるよね。

そういうときにかぎってよく当たるんだよねぇ(経験談)

午後のゲーム

藪ん中伏せてたら、「そういや1分前に後ろにダメンフィスがいたけど、今どうなってんのかな」って
振り向いたらGoPro(ウェアラブルカメラ)つけて同じ方向見てた味方と
目があった瞬間MUGO・ん・・・色っぽい「目と目で通じ合う形」で撃たれたり。

俺はみたぞ!覚えているぞ!GoProが撮影中を示すランプ点灯していたのを!!
都合悪いところはカットしてくれるなよ!ドゥカティマンとの約束だ!(サムズアップ)

まぁこういうこともあるわけです。森だしね、拓けてないし。
むしろこういうのでバレちゃう位置にいる自分を戒めたほうが生産的かなと。

でまぁ雨でずぶぬれ、BDUは泥でぐちゃぐちゃになるわけなんだけど
ウッドランド着てたダメンフィスもマーパット着てた私もお互いになんの柄着てんのか
もはやわからない「茶黒い塊」であることを指摘しあったりしなかったり。

でまぁフィールド内でのことはいいとして、
またセーフティーでフルオート空撃ちがあったのね。しかも隣の席(ハンターとは違う)で。

バララララララララララララ!!!!

「やべ、ひっかかっちゃった。すいませぇ~ん」って。なにを半笑いしとるのかねと。

でね、格好みると初参加者じゃないわけですよ。
マルチカム装備でいっぱいポーチつけて気合入ってた人。なんだろなぁって。

電車の中で若者のマナーを憂うんだけども、マナーモードにしてなくて携帯鳴らすのは
ほとんどがマナーを憂いてたオッサンオバサンみたいな滑稽な図。

皆さん気をつけましょうね。私も気をつけます。
誰にしろ起こりうることなので。

でまぁ初参加のSEALSでしたが進行もメリハリがあって楽しかったです。
あのメリハリはスタッフのイベント慣れの匂いがプンプンするんだぜ(マイクの持ち方とか)

おしまい  


Posted by ダブルジェイ at 04:55Comments(0)

2013年06月17日

ブンシャカブブンブン

今更なんですけどXBOX360でバトルフィールド3やってるんですよ。

ええ、まぁ…オンラインですけど…オンラインゲームの知り合いとか皆無なんで…ピンですけど

たまにボイスチャットでちっさい外人の子供が「fuck!fuck!」って。
エキサイトしながらミニミで支援してくれたりするんですけど、なんていうか声のトーンが
ミキハウスのCMの子供なんだよな。


みきはぁうす

FPSからサバイバルゲームに走った人がいるってよく聞くけども、
まぁたしかにこういうのやったら銃撃ちたくなるのもさもありなん。



でまぁ一つのサバイバルゲームフィールドにゴーストの格好した人が4.5人集ったりする
珍現象が起こるのもむべなるかなと。

まぁなにがきっかけなのかはさておき、「はじめてみた・やってみた」的なことは
よく聞くんですが「実際やってみた感想」っていうのはあまり世に出てこないのですな。

銃は重い、息は切れる、ゴーグルは曇る、狙っても当たらない、
そもそも敵が見えない、ミニマップもモーショントラッカーもない!!一発当たれば即退場!
私なんぞは初サバゲーのときは撃たれるどころか熱中症でダウンし、
セーフティーで走馬灯のようにCODMWの死亡時格言がでたもんである。


それはそれ、これはこれ。

バトルフィールド3ではM240担いで走り回っているけど
「実際こんなことはできないですよ」と後ろめたい気持ちを抱きつつプレイ。
ゲームは現実を忘れさせる作用があるけど、時に現実を必要以上に知らしめるわけで
毒にも薬にもなるとは本当にこのことをいうのですね。強い薬は副作用も強いわけで。

多分、FPSゲームで興味持ってサバゲーやってみた人ってのは
この「毒にも薬にもなる」作用に思い当たることがあるんではないでしょうか?

でまぁこういう人達に対して擬似アレルギー反応を起こす人もいるわけで、
なんで擬似かっていうと「バカにしたいだけ」っていうね。

「どうせFPSとかマグプルとかで云々」

それもそれでわからなくもないんだけど、きっかけなんてのは人それぞれで
なんでもいいと思うわけですよ。

そこに優劣やらなんやらなんてのはないと思うんだけど、
趣味っていうのはなんでもそうで、「傾倒しているものに対する自分の正当化に必死アピール」が
つきものなんですわなぁ。

昔、AR系に怪訝的だった自分がいうんだから間違いない。
もうちょっと正しくいうとAR系に傾倒している人達に怪訝的だった自分がいうんだから間違いない。

これもまぁ「たんにバカにしたいだけなんだろうなぁ」ってふと自覚した瞬間、
自分の色んなことが馬鹿馬鹿しくなりましてね。ただキャパ狭いだけじゃんかと。
これは人を介して遊ぶときに足かせにしかならんので考えを改めることにしたんですわ。

こういうことになるのは受け手側のキャパの狭さもあるんだけど、
発信側もなにが問題なのかっていうと「わかりやすさ」なんですよねぇきっと。

自分が「わかりやすいフォーマット」にたいして「わかりやすいアウトプット」を
していることに無自覚な人がすごく多くてですね、これはある意味で暴力なわけで。
そこまで「わかりやすい枠」におさめていいんかい?っていうのがあるわけですよ。
たぶんそういうところにイラッとしてる人達もまた、無自覚な擬似アレルギー反応を
起こしているわけでね。いやー、なんと脆く儚い趣味なのであろうか。

なんだかそういうのを沢山みてぶっちゃけ疲弊した私としては
「戦争ごっこで遊んでるんだから、フィールド内でただ白黒つければいいじゃんかよ」って
思ったりするわけです。美学の押し付け合いじゃなくて弾の飛ばし合いしてんだから。

自分の美学を持つことは、きっかけやモチベーション維持に大事だと思うんだけど、
「美学を胸に留められない」のがまた人間なわけでいろいろ矛盾してるんですよね。
そういうつもりでもないんだけど、この記事だって見る人によってはそういうもんかもしれないですし。

「俺は/私は こういう人間なんだ!」っていうアピールするのはいいんですけど
世の中、他人にあんま興味がないのが哀しいところなわけですわ。
だからこそ大きな声になるんだと思うけど、まぁ大きい声を出すと普通構えるんだよね。
誰も聞いてくれないから声がでかくなるってのもあるし。

欲の果てが 見えたら既に
手遅れなのさ 選ばれたMiscast

まさにそう。  


Posted by ダブルジェイ at 01:40Comments(2)

2013年06月13日

凛凛

ロビン氏が入院したとのことで先日お見舞いに行ってきたのです。

お見舞いなんて片手でかぞえるぐらいしか行ったことなくてですね、
最後に行ったのはいつだろう…2年前のハドソン川はメタルギアですが、
5年前の老人ホーム…痴呆症の祖母を見舞いにいったのが最後だったんですねぇ。


WJ「ばあちゃん、見舞いにきたよ」

祖母「ありがたいねぇ、神様が本当に来てくれたよ。実はもうすぐ孫がくるんです」


違うんだ、ばあちゃん。

「私は絶対だ。私は完全だ。私は神なのだ。」っていってたのは角川春樹なんだ。

神様っていうか、多分地蔵に見えたんだと思うけども(いきなり両手合わせて拝まれた)
それにしたって本当にマンガみたいなことは起こるんだなぁって実感した25歳の夏。

神様なのにブルーザ・プロディのTシャツ姿で正直すまんかった。
まぁでもオリンポスの十二神とか基本肌見せるようなラフな格好してるし別にいいか。
というわけで神様です 皆さんこんにちは。

でなんの話だったんだっけ、そうそうロビン氏の見舞いの話。
肩に違和感があって手術することになったんですな。
(ついに気が触れて投身自殺を図って肩を負傷したとかそういうわけじゃない)

共通の知人であるダメンフィスと一緒にいったわけなんだけども、
到着早々「ハハハハ!よく来てくれた!いやー楽しみにしてたんだ!」と超元気なお出迎え。


ロビン「いやー、二人のブログを読んでいるが、つくづくサバイバルゲームに属する人間たちの
     素顔というか心情を丸裸にしていて、私は貴方達が恐ろしい。いやー恐ろしいなワハハハ!」


というわけでマスク狩りのヘルミッショネルズという思いもよらぬレッテルをはられた
ネプチューンダメンフィスとビック・ザ・WJであったが、この流れでいうと原作再現に基づいて
ロビン氏のマスク剥ぎ&コレクション収集にかかることになるんだけども、
ちょっとまぁ いろいろ訳があって詳細は書けません。すいませんが画像で勘弁してください。


※画像はイメージです

クロス・ボンバーをお見舞いするという意味ではたしかに「お見舞い」なんだけど自粛。

実はお見舞いにはロビンマスク氏の上司の方が先客でいらっしゃいまして、
病院の食堂でロビン氏/上司/ダメンフィス/私という不思議な懇談がはじまったわけで。


ロビン「いやー、まるでランボーを説得しにきたトラウトマン大佐だな!ワハハハハ!」


たしかにこの人傷だらけなんだけども、いやまぁほんとよく喋るランボーだなぁ。
で懇談が終わると「「この病院では俺が法律だ」といわんばかりに病院施設の案内に入る。

最近の病院はすごいもんで、病院施設内にリハビリ用のお散歩コースがあって(まぁ察してください)
1周1キロのコースを歩きながら我々はいろいろな話をした。

1周目は病院施設の話
2週目は将来の話、人生の話
3週目は一方的な及川奈央の話
4週目は仕事の話
5週目は一方的な及川奈央の話

ぐるぐるぐるぐると気づいたら5キロ歩いた。あれ?見舞いってこんな感じなんだっけ???
つかどんだけ及川奈央好きなんだよ。

普段は気が滅入りそうなリハビリ生活だろうし、制限がかかった入院生活も息が詰まりそうだから
少しでも気分転換になるように小説の差し入れをしたんだけども、
よくよく考えたら「白黒だけでは語れない世の中」がテーマである池波正太郎の「黒白(こくびゃく)」を
渡したのはちょっといろんなことの助長になりそうで選択肢を誤った気がする。


ダメンフィス「あの人に黒白を貸したらどうなると思ってんだ」

WJ「はい」

ダメンフィス「次会った時、腰に大小差してるぞきっと」

WJ「ありうる」


お大事に(総じて)
  


Posted by ダブルジェイ at 04:19Comments(2)

2013年06月05日

リバプールの風

こないだダメンフィスと飯を食ってて「自分でチェストリグ作れねぇかな」と
話してたんですが、MOLLEだけのチェストリグってありそうでなかったり
あったとしてもけっこういい値段がするんですわな。

でまぁ「ミシンあればどうにかなるでしょ」っていったんだけども、
ダメンフィスの野郎ずーっと怪訝そうな顔してましてね。

「獣神サンダーライガーのマスク作ったことあるから多分できる」っていったら
お前はなにをいっているんだ?って顔しやがんの。


ダメンフィス「あれツノとかあるだろーが」


だから実際作ったんだって。嘘じゃないよ。



CTUのときのヒールターンバージョンだけど。
手芸屋さん行った時に丁度1WAYの赤ラメ生地が売ってなくてですね。

多分こうだろうなってなんとなく型紙作って工業用ミシンでダダダダダダーって。
巾着袋とか雑巾とか縫えませんけどプロレスのマスクなら作ったことありますよ。
ベース作って模様切って貼って縫うだけですからね。

もう6~7年前の遠い昔の話なので具体的にどうやって作ったか忘れちゃいましたけど。
どうやってツノとか作ってたんだろうなぁ。工程思いだせんなぁ。
(手芸用の綿をドライバーでグイグイ押し込んでた記憶はある)

6~7年前までファンタジーに浸れるプロレスに傾倒してて、
その中でも親日の「獣神サンダーライガー」が好きだったのですよ。


ライガーは声がすごくいいんだけども、ブチギレすぎて根本的になにいってるかわからない。


むちゃくちゃなことをいうライガーもまた「完全に狂ってる」といえよう。

観賞用にマスク欲しいなぁーって実際に水道橋の闘魂ショップいったら
けっこういい値段だったとの「これなら俺にも作れるんじゃねぇか?」っていうので作ったんですな。
合皮(ラリッサ)縫うんで、テフロンおさえとか和紙とかですべるようにしたとか
なんか地味にミシン作業のコツを無駄に覚えていったのは記憶に残っております。

なので多分チェストリグもできるはず。凝ったヤツじゃなくて簡単で最低限の用途を満たせるもの。

実はチェストリグもそうだけど、布製のフェイスガードも作りたくてですね。
ずーっとサンセイのフェイスガードつかってるんですけど、呼吸してると水滴付くんですよね。
表はキャンバスで裏はタオル生地にすれば水分吸ってくれていいと思うんですよ。
もしかしたらメガネとかゴーグル曇る人にもいいかもしんない。

ミシンで綺麗に縫うコツはM249のサイクルじゃなくて
ブローニングM2みたいなサイクルで縫うことですね(いいたいだけ)

獣神サンダーライガーを見習って、私も昔を思い出してミシン使って
bopgwb]aq@tqbab:abaaa!!アーーッ!!?(後半なにいってるかよくわからない)  


Posted by ダブルジェイ at 03:20Comments(5)

2013年06月02日

キュートなヒップでツンツンサマー

テレビをつけっぱなしにして作業してたら

インターネット創成期の頃は『これでようやく文字を通して建設的なやりとりができるぞ』と
思っていたが、いざ普及してみると昨今のブログやSNSを見てもわかるとおり
写真一枚貼って一言二言で完結する方向に推移している。

こんな感じのことをいってたのが印象的でしてね。うろ覚えですけど。

ネットと携帯(カメラを含む)の普及でレスポンス性重視の情報発信に重きが置かれ、
今なにがトレンドなのか?今なにが共通めいた話題なのか?というニーズに
都合がよかったのがツイッターで、巷で流行ってるのもむべなるかなと。

それが有益な情報なのかはまたちょっと別の話だなぁってのがとりあえずやってみた感想でした。

そもそも情報として有益なものなのかっていう精査すらもめんどくさくなってる傾向にある気が。
まぁ情報がかならずしも有益である必要は決してないわけで、有益かどうかは個々の判断だから
まぁいいとしても、それにしたって写真貼って一言二言の連投記事が続くのをみてると
「見なければいいっていわれたらそれまでですけども、じゃあなんで書いてるんだろう?」っていう
漠然とした疑問が沸くのも正直なところなんですよ。
モチベーションフローがどこなのか純粋に気になったりするわけですけど、
とはいえ私のところも同じこと聞かれたらそれはそれで困るでしょうなぁ。

日常を書いてるのに、書き方・見せ方に人間的なもの垣間見れないという…と思っていたら
でもそれが一周して実に人間的であることにふと気づくわけで。

っていうのもこういう記事がミリタリーやバイクや車といった趣味にとても多い理由の一つに、
自分が傾倒・倒錯した対象物がすごくわかりやすく、アイデンティティーを置換しやすいのかなって。

それを主にしたことであれば「まぁ成立するだろう」と暴力的ショートカットコースを
無意識にぐいぐい攻め立てるわけでして、実際フィールドやプライベートでも
物を介した話…例えばどこどこで買ったとか、費用とか、スペックとかそういった
「物を介した自分の話」的内容で会話を成立させようとする人に出くわすこともたまにあるわけで。

こう思い返してみれば、これも「自分の虚像に縛られている」ってことなのかなぁって思うんです。

この現象は一方的な自己啓示という歪んだベクトルを辿った残酷な結果なんですけども、
極端な話をいうと「一目置かれたい」っていう人がそれを望んで一方的にことをすすめた結果、
「距離を置かれるようになったという意味で一目置かれる」ということなんですな。

人は誰でも幸せ探す旅人のようなものなんだけど、自分の幸せばっか考えた話をされると
メーテルだって窓の景色に視線を向けざるを得ないわけで。

「いいですね」「すごいですね」「うらやましいですね」という石炭をブチ込みながら
汽車は闇を抜けて光の国へ。

好きな人同士で盛り上がれば、それはまぁ何よりな話だと思いますし、
なにか自分が好きなものを持ち続けることは大事だと思う反面、
そういう人達というのは変にポジティブなところがあって、見境無く刃物振り回すみたいに
アイデンティティーを物に置換した限定的な話題を一方的に振ってくる傾向にありまして。
このポジティブさはいいかえれば「自分に疑いを持たない」ってことなんだけども、
けっこうそういう人は世の中多いのかもしれない。

まぁそういうのが写真一枚一言二言日記が生まれるメカニズムの一つなのかもと。

物事をはじめるきっかけに必要なことと
物事を持続させるために必要なことは似てるようでちょっと違ったものなのかもしれない。  


Posted by ダブルジェイ at 02:28Comments(3)