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Posted by ミリタリーブログ at

2011年12月03日

T・ジャララトフ お勤めのとき

いよいよあの男が動き出した。

男の注文は7.62mm×54R弾薬とケストレル製の風速計、
3日分の水と食料、狙撃地点の周辺の地図といったものだった。
食料の一部には携帯性とエネルギー効率を考えてかミルキーウェイが指定されていた。

手渡されたメモ用紙をもう一度チェチェン人は見返した。
必要なものを必要なだけ、無駄なものは一切ないようにみえた。
書き出された物資の内容は一つ一つに真実味を宿しており
プロとして良質な、極めて精度の高い選択眼を持ち合わせていることを巧みに感じさせる。
要望のものはすぐに手配できるだろうか?むしろそちらに気を揉む始末だったが
チェチェン人は待ち望んでいた光景に胸を高鳴らせていた。

もう一度かみ締める。いよいよあの男が動きだした。

二日後、まるで世界が止ってしまったかのような灰色に包まれた空だった。
チェチェン人は両手に抱え切れんばかりの荷物を携えて施設の廊下を小走りで進む。
勤勉な腕時計はあいも変わらずそのつまらない仕事に熱心に従事しており
1秒1秒きっちりと一定のリズムで秒針を進めていた。
その調子で日々仕事をこなしていけば老後の生活も輝かしいものが待っているはずだ。

「オウ!まるでピクニックだな。明日は人間ヌードルと湖畔でデートらしい!」

すれ違いザマに組織の同僚数人にからかわれるが、チェチェン人は
屈託のない笑顔ですべてを返した。この笑顔こそがチェチェン人の才能の最たる現れだった。
つい先ほどまでからかっていた連中も決まって同じ笑みを返さざるを得ない。

「なにはともあれ 幸運を!」

ありふれたフレーズとともにサムズアップし、お互いを称えあった。
チェチェン人の行き先は薄暗い地下通路の一番奥の部屋、T・ジャララトフの部屋だった。

両手は弾薬の箱や雑に丸められた地図、機材などの荷物を抱えており
チェチェン人は行儀が悪いと自覚しつつもパイン材の引き戸を足で開いた。
3年前に母親は死んだ。もし今も母親が生きていたとしたら
足で戸を開けるような息子の姿を見てどう思うだろうか?

「Mrジャララトフ失礼します。言われたとおりのものをお持ちしました。
 いやはやケストレルの風速計がなかなか手に入らず思ったよりも時間が…」

「はじめまして☆マドカで~す。あれぇ、はじめましての方だっけ?
  え、えと前にも来てくれたお客さんだったらごめんにょ!(両手を合わせながら)」

チェチェン人は目の前にある景色に驚愕した。

ミラーボールに乱反射されたプリズムがリノリウムの床を「星が瞬く宇宙」に変えていた。
暗闇に目をこらすとまるで1マイル先のガソリンスタンドの看板も透けて見えてしまいそうな
薄い、極めて薄いピンクサロン風の衣装を纏い、カシスブラウンのセミロングウィッグを
被ったT・ジャララトフの姿がそこにあった。唇はグロスで輝いている。
机の上にリップ形状のものはなかったが、つい先ほど唇に塗りたくったといわんばかりに
タミヤのセラミックグリスのチューブが無造作においてった。

「Mrジャララトフ、これは一体どうい」

「ってかMrジャララトフって誰(爆笑)お兄さんチョーウケるんですけど☆」

声質・佇まい・髪をいじる仕草…T・ジャララトフは完全にマドカという女を演じていた。
しかし手にはしっかりとグロッグ19が握られており、その銃口はチェチェン人の
胸元にまっすぐ向けられていた。自分は両手に荷物を抱えて身動きがとれないままだった。
しまった!この男の狙いはそれだったのだ!最初から狙撃をする気など一切なかった!
無防備な状態且つ反撃の体勢を完全に封じた形で俺を部屋に呼び寄せるのが目的だった!!

なんてやつだ!この男はそれを平気でやってのけたのだ!!

「Mrジャララトフ!あなたの行いは明らかに組…」

グロッグ19の銃口がチェチェン人の胸から額にあがったその刹那、
ジャララトフは不意を付いて足元のリノリウムの床に向かって立て続けに3発発砲した。

「このお店では私はジャララトフじゃなくて”マドカ” それがこのお店の唯一のルール」

気の抜けたコーラ、ミラーボール、くたびれたソファー。
それらはなにかの象徴であるようで、まったく意味を持たないモニュメントであると同時に
非現実的な中にある見慣れた無機質さはかろうじてチェチェン人を現実という井戸の縁に
居座らせる要素でもあった。

「音がないと寂しいよね。ちょっと待っててね」

T・ジャララトフはミュージックスタートの合図だといわんばかり指を鳴らしたと同時に
自ら古ぼけたラジカセにスイッチを入れた。電光石火の勢いは衰えを見せることなく、
その中に収められたくたびれているであろうカセットテープからは予想を裏返すかのごとく
大音量のユーロビートが流れはじめた。チェチェン人はその曲を知っていた。
LOU GRANTのDON'T STOP THE MUSICだった。



殺意と恥辱をコンクリートミキサーで混ぜ合わせたような緊張感のおかげで
ウーファー越しでもないのにドスドスドスとユーロビート調の重低音が下腹部に響き渡る。
相変わらずチェチェン人にはグロック19が向けられたままなのだ。

「…こぉいうお店ってはじめてだったりしますぅ??」

「…今はしかたなくこういう仕事してるけどぉ、プライベートとの線引きはきっちりしてますよぉ~」

「…でね若乃花が引退した際に、テレビ用の芸名で「オニイチャン」って候補があったらしくて~
    ワイドショーの名だたる意見番からその名前で呼ばれるとかありえないから~!!」

まったく脈絡のない一方的な会話が展開されていた。時折自らの話に熱を入れすぎた結果、
身振り手振りがオーヴァーアクションとなり、当の昔にカシスブラウンのウィッグは
リノリウムの床に落下し、ギリギリのラインでこの男が女性に扮装しているという
アイデンティティーを示す大役を静かに終えた。それなのにこの男ときたら!!

チェチェン人は一言も発することなく、マドカという女に扮したT・ジャララトフの言葉にあわせて
ただただ静かに頷くはめになった。時折グロック19のトリガーに目配せしながら
話の腰を折らないよう、その時に最適なタイミングでうんうんと首を縦に振らざるを得なかった。
きっといつか反撃のタイミングがあるはずだ。いや反撃できなくてもよかった。
この場から即時離れられる一縷の望みさえ生まれてくれさえすれば、
きっとそれが『最良』というやつだ。チェチェン人は自らを押して忍んだ。

件の話とも思えるような儚い接客トークが続いたが、
こうした一方的な化かしあいは思わぬところで終焉を迎える運びとなった。
なんでもそうだ、物事は突然始まりを向かえ、突然終わりを迎えるものだ。
T・ジャララトフは古ぼけたラジカセのボリューム調整のつまみを
MAXまで一気に持っていくよう指を滑らかに運んだ。その動作は何千・何万という
反復練習からくる無駄のない自然な流れとしてこの男に染み付いてたように見えた。

「さぁ皆さんハッピータイムスターーートッ♪」

ドスドスドスドスとヘヴィなリズムは勢いを増し、部屋の照明が暗くなり
マドカと呼ばれる女に扮装したT・ジャララトフはその薄いベールのような衣装を
クモの巣を払うが如く脱ぎ捨てた。

「…さわり心地が悪かったら…ごめんね…」

チェチェン人の右脇腹にはグロック19の冷たい銃身が突きつけられていた。
逆非暴力精神のプレッシャーの後押しで、まるで腫れ物を触るが如く
チェチェン人はぎこちない手つきで胸に触れた。

「…最高の…グルーヴ…聴かせて…」

時折光が瞬く不思議な暗闇の中、死んだ父や母を思い出し、
10年前に兄弟で世話をしていた飼い犬のことを思い出し、
幸せは未来にあるものではなく過去にあるものだったりするものだとチェチェン人は噛み締めた。
それを悔やみたくないから人間は往々にして過去を省みない。
前だけ見ていないと心が折れてしまいそうなときがある。
ぎこちない手つきのまま胸を撫で回し、しばらくしてチェチェン人は 泣いた。


というわけで今日はマルイL96のお話をしようかと思いましたが
前置きが長くなりましたのでまた次回にしたいと思います。
  


Posted by ダブルジェイ at 02:19Comments(9)